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過去~未来への妄想の繋がり

個人的な妄想なのでご留意ください。

新年明けましておめでとうございます。

本年も当ブログ共々よろしくお願い致します。



新年、早々の夢と初詣とのシンクロ・・・

そして脳裏に浮かぶ存在と周辺に感じる存在が何かをはやし立てている?!

これが何なのか?

これは多分、神話で言うところの「契約」に他ならないと感じました。

神という神話上の個性的な存在と勘違いすると大変な事になります。

「契約」とは一方的にあらず「約束」であり「誓い」なのだと思います。

目に見えない動きに暗雲を感じるのはこの為です。

人心も揺さぶられカオスの中に突き落とされてしまうのか?!

人それぞれに個性がありますが、その個性が多種多様な欲望を生み

自然環境というキャンバスをバラバラな個性色で塗りつぶそうとしている・・・

「個性は人にあらず」

「全ての存在を生かしなさい」


伝えてくるこれらの言葉には古からの「約束」が込められているのだと新年早々旋律が走りました。


<初夢と初詣のおみくじのシンクロ>

おみくじ

天地自然の法則はやがて大神の掟し給う神の正道

天地自然の法則が神の御心の現れである。

此法則にそむく事は、神様の御心にそむく訳でこれにそむけば滅亡する。

されば常に、自分の行為、自分の思想が、此天地の法則に叶って居るか居ないかを吟味し、

反省して見なければならぬ。




2011年は様々な出来事があり、色々考えさせられた年でした。

様々な境遇の人々が同じく新年を迎えた事に感慨深くなりますが、

環境によって境遇が異なる・・・

社会問題としては複雑怪奇になり、自己主張を個々に聴いていたら当然混乱します。

やはり全ての解決の糸口は「歩み寄り」なのではないかと思います。

人間同志はもちろんですが、自然との調和も大事です。

世俗的には永遠のテーマ的として先延ばしされがちなのでしょうが、

本年は自己のテーマとして様々な身の回りの問題に「歩み寄り」を行動の指針に加えたいと思います。



「和睦」の字はお祭りのハッピなどで見掛けますが、

古からの「祀り事」での争いも、「祭行事」では和睦しようとの現れにも思えます。

お祭りと言えば神社ですが、社紋に「三つ巴紋」を掲げていたり、太鼓などにも模様がありますね。

tourou   mitudomoe

巴紋の太鼓を叩く音は「雷」を現わし、荒ぶる盤古神に「和睦せよ」とはやし立てられている様にも感じます。




年始に合わせて初めて語りますが、幼少の頃に不思議な存在に教えてもらいました。

一般に人のオーラというものは生体エネルギーが現象化したものですが、

これは自然からエネルギーを吸収して始めて発せられるもので

その入出力をコントロールするのが心である精神力であり

自分を生かすも殺すも自身の心の有様であると今では理解出来るようになりました。

それが人の持つ能力とするならば、現代はそれが衰退してしまっている・・・

何故なら、自然からエネルギーを吸収する事よりも

社会システムに適合するべく、精神構造が多様化してしがらみの鎧を幾重にもまとい過ぎてしまい

それがバリアーとなってしまって阻害しているから・・・

内の要である生体エネルギーの力が弱まってしまい反応が薄れ

本来の内世界との繋がりが薄れて、自然の流れとの乖離が現象として現れている・・・

中にはしがらみの鎧を弱いものからエネルギーを吸収して輝かせている人もいますが

鎧を輝かせる源は限りある自然資源と同じであり

人の都合で創造された、再現の無い人工の電気エネルギーみたいなものです。

現代の世相は正にその奪い合いが反映された時代と言っていいと思います。

自身にとって最低限何が必要で不要なのか?

シンプルで精神的に身軽になる事が自己のアイデンティティーを蘇らせる鍵なのではないかと思います。

この世界に生きるという事は「個性」を発揮するよりも「多様性」を感じ、

全ての存在の「可能性」を拡げる事、決して一人では成せない業です。


全ての人々の気付きが新たな息吹を生む年となるように希望を持ってこの年を歩もうと思います。


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。

12月25日

個人的な妄想なのでご留意ください。

暫くぶりの更新になります。

師走を迎え、今年一年はあっという間に経過してしまった想いに耽っています。

12月23日の天皇誕生日にスカイツリーの初点灯式があったそうですが、

この日は何となく空気感の変化を感じました。


12月25日は巷ではクリスマスですね。

都会の商業地域ではイルミネーションやらショウウィンドウはお祭り気分で華やいでいます。

我が家も食卓にはクリスマスケーキが必ず上がりますが、

はて?一体何の為に習慣になったのでしょうか?


クリスマス ~wiki~より

クリスマスは、イエス・キリストの降誕(誕生)を祝うキリスト教の記念日・祭日である。
「神の子が人となって生まれて来た事」を祝うことが本質である。12月25日がこれに当たるが、
正教会のうちユリウス暦を使用するものは、グレゴリオ暦の1月7日に該当する日にクリスマスを祝う。


確か、幼少の頃通っていた英語塾では厩でイエスが生まれたと当時イギリス教師に教わったのですが、

今現在は少し事情が異なるようですね。

イエス・キリストの降誕を記念する日。聖書等にはキリストの誕生日についての記述はなく
(4月~9月の間とされ、確定できているのは12月の寒い時期ではないという事である)、
各宗派がそれぞれに日付を定めてキリストの生誕を祝っていたが、
元々太陽信仰のミトラ教の信者でキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス1世が、
336年にミトラ教の祭である冬至祭の日であったこの日をイエス・キリストの降誕の日と定めた。


この情報を知った時は正直呆れたのを覚えています。

時の皇帝が定めた記念日が、信仰の対象として現代まで受け継がれている事にも驚きましたが、

世界に20億とも言われるキリスト教信者の主である聖人の誕生?降誕?記念日の曖昧さに唖然としました。


他に探してみると・・・

陰謀論的なアプローチだと、ジョン・トッドなる人物によると、クリスマスはニムロドの生誕を祝うものなのだそうです。

※ニムロドはバビロニアの初代王だそうです。

ジョン・トッド曰く ~Witchcraft-and-the-Illuminati~より<英文>

イルミナテイ内部者の驚くべき暴露本~クリスマスもサタン的由来?~より

昔の伝説によるとニムロデはパビロニアの大安息日 一二月二五日の日曜日に生まれた、という
イエス・キリストの誕生日クリスマスは一二月二五日になっているが、
実は羊飼いが夜、野宿していたと言う事から冬でないことは確かなのである。
もともと初代教会にはクリスマスを祝う習慣はなかったらしい。
そこでサタンはいつの頃からか、キリストの降誕を祝うという名目で反キリスト、
サタンの子を祝う日としたのであろう。あきれ返った話だ。
クリスマスは太陽が一番表れなくなる冬至の祭りが変化したものだというのが教会の通説であった。
「義の太陽」と呼ばれるキリストを迎えるという意味が付け加えられていた。
しかし、実はニムロデの誕生日だったとはちょっとしたスリラーではないか。


オカルティックなすり替えとは如何にも上流階級のお遊びとして申し分無い気もしますが・・・

イルミナティなるオカルト組織自体が負の妄想の産物であり、心理戦の何物でも無いと考えています。

イエスを神と祀り上げた宗教が、イエスの実よりも伝承によって人物像を祀り上げ

新たな宗教体系、キリスト、ユダヤ、イスラムの諸宗教を三つ巴として創作してきた経緯が

今までの歴史的な流れや実情だったのではないかと感じています。

宗教的な大義は国境を越えて争い、我々人類に何を残してきたのか?

宗教が掲げる理想よりも覇権や実利に世の流れを優先させて発展してきた経緯をみると

はっきり言って宗教が掲げる神とは時の支配者達にとって都合の良いツールだった訳で

そのまま既得権益が連綿と受け継がれ、本来の宗教がもつ実がないがしろにされ、

欺瞞の噴出を抑えられなくなってしまった・・・

言いかえると民衆の信仰心が宗教の理想的な良心の創造よりも経済的な実利の創造に関心が移ってしまった・・・

ある意味これにもこうなる様に仕掛けがあるのかもしれませんが、

宗教が実利のツールとなり果て、それでも生き残りを掛けているのかもしれませんね。

何れにしてもクリスマスは元々は「冬至のお祭り」であって、

時の支配者がイエスという大衆心理を利用して国家の威厳や存続を保った名残ではないかと感じました。


最後に、エジプト神話のホルス神です。

12月25日 イシスより生まれる。
ホルスが生まれると東の空に星が現れ三人の王が祝いに駆けつけた。
12歳で教育者となり30歳で洗礼を受け聖職活動を始める。
ホルスは12人の従者と旅をし病を治す、水上を歩くなどの奇跡を起こした。
裏切りに合い十字架に磔にされ死んだが3日後に生き返った。


イエスの誕生物語そのままですよね・・・

他にもローマ神話、ギリシャ神話、インド神話、ペルシャ神話にも同様な逸話がみられます。

あくまで神話なのでそれでいいのだと思います。

結局は占星術で未来を占い、当時のホロスコープ事象で神話が創作され

その話が継承されて伝わったようですね。

12月25日は冬至を祝うお祭りです。

サンタクロースも「クランプス」とかいう悪魔は引き連れてませんよ(笑)

これは民俗学的にも年の瀬に来訪する「歳神」としての役割の類似が指摘されているそうです。

※歳神=宇摩志麻遅命(浜離宮でお会いしましょう~)

「なまはげ」などと役割的に似ているそうですが、

ネガティブな情報に侵食される事無く、仲間や家族、恋人と温かいクリスマスをお迎えください。

どんな云われがあろうとも良きに計らって吸収して独自の文化とする。

ヘレニズムの良いとこ取り文化である「日本」の未来に乾杯したいと思います。

メリークリスマス!


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。

水星人に生まれて・・・

本日は11.11.11で何かが起きる!?とか騒いでいた様ですが、イベント盛り沢山な日だったのでしょうか?

神無月十六夜で満月だったのですが、東京はあいにくの雨模様で眺める事は出来ませんでした。

満月という事もあり、いつも通り緩急が激しい耳鳴りと共に妄想にて記事を書いています。


表題の水星人は決して宇宙人の類と勘違いしている訳ではありません。(笑)

四柱推命で言うところの「水星人」です。

比較的、楽観主義者なので占いは良いところしか受け入れない感はありますが・・・

普段の実生活から得られる教訓はしっかりと噛締めているつもりです。


当ブログでリンクさせて頂いている「地球暦オフィシャルブログ」

「惑星通信」というメルマガがありまして、その日のホロスコープを配信してくれます。

以下は、本日配信頂いたメルマガの引用です。


~【水星バースデイ】今日は、Toshiさんの水星が180周目です。~
───────────────────────────────────
惑星バースデイとは、自分が生まれた日の惑星の位置に、
その惑星が一周して再び戻ってくる日のこと。
惑星バースデイは、各惑星の公転周期ごとに巡ってきますので、
それぞれの惑星の周期を実際に体感できる特別な時です。

第1軌道の水星は、太陽系で一番速い“88日”の周期で一周しています。
Toshiさんの生まれた時、水星は太陽黄径317°27に位置し、
今日で丁度180周目となりました。
月のリズムと同調する水星のサイクルは、月を感じながら、
自然に軌道に乗ることのできる日常的な周期です。
さまざまな気づきを形にして積み重ねていく、3ヶ月の水星の旅。
水星にとって、自分が生まれたこの位置は、
帰ってくるマイホームであり、最も自分らしい角度です。

~引用ここまで~


このメルマガを読んでピン!と感じたのが、夢の中での情景です。

まず、空というか宇宙空間を意識が飛んでいるのですが、

必ず蒼い星から飛び立つと月の方角から何らかの意識を感じるのです・・・

このシンクロは何なのでしょうか?

自身の生命の誕生と意識が宿るまでの感覚を夢で体感しているのだとすると鳥肌が・・・

「~帰ってくるマイホーム~」とありますが、

もしかして・・・私の魂は水星由来なのか・・・などと妄想してしまいました。(笑)


次に私が生まれた日のホロスコープの画像です。

suisei_birth

水星―土星-海王星とほぼ直線に結ばれているが印象的です。

何だかこのラインで地球を守っているかの様にも映りますね。

「こんな日に生まれて水星がマイホームな私は地球で何をしているのだろう??」

と感慨深くなりましたが、「水星」というものが確実にインプットされた記念日なのかもしれませんね。

水星や海王星と「水」に深く関係する暗示と土星という「土」の暗示が

地球の「土」に「水」の意識・・・

そして、伝承としての月からの「水」をも蓄えた地球の「海原」・・・

私はブログで「水のような存在で在りたい~」と書いたのですが、

何かが繋がり掛けている様で、感慨深いトリプルイレブンとなりました。

そう言えば、過去に何度か「白龍」とか「白蛇」が守護に居るとか言われた事があるのですが、

白い存在とか、白装束の意識体など家族共々縁があるようです。

少なくとも「白龍」は水星由来なのかもしれませんし、暫く意識して感応出来るように精進してみます。


<追伸>

今年の初夏に「香取神宮」に参拝したのですが、

海運を祀る社であったし・・・

最終的に導かれたのが、廃れて忘れ去られたかのような「水天の塔」・・・

「水天」・・・首都の結界・・・

神格(wikiより)

水の神であり、竜を支配するとされる。もともとはインド=イランの古いアスラ族のヴァルナである。
諸ヴェーダにおいて、ヴァルナは重要な位置に置かれ、
天空神・司法神(=契約と正義の神)・水神などの属性をもたされた。
ヴァルナは西方ではアフラマズダとなりゾロアスター教の最高神となる。

しかし東方ではブラフマン(梵天)に始源神としての地位を奪われており、
さらに後には死者を裁くヤマ神に司法神としての地位を奪われ、水神としての属性のみが残った。
仏教に取り入れられた頃は、仏教における十二天の一つ、西方を守護する「水天」となった。


これは・・・


読んで頂きありがとうございます。
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映画「ゴースト~」について・・・(メモ)

私的なメモになりますが、約1年前に知人ブログに投稿した私のコメントです。


この作品の一般的な印象や感想は大体窺い知れます。

これから先を読んだ人は「ネガティブ」に感じられるかもしれませんし

不快に感じるかもしれないので一応お断りしておきます。

また宗教的な意味合いを感じられるかもしれませんが

真理に対する言及なので宗教もその過程にあるとすれば理解出来ると思います。



人は死ぬとどうなるのか?

これらの映画は真に現代の世相を表していると言えます。

「死んでしまった事への後悔・・・」

「死という現実を受け入れなければならない悲壮感・・・」

「愛している人と離れたくない・・・」など・・・

これを読んでいる方はどう思われるでしょうか?



フィクションの物語としてのストーリーを楽しむだけならば良いのでしょうが

我々の人生で通過点となる要素である事を忘れてはなりません。

これらは確実にサビリミナル効果となって記憶されます。

他人事の様に人の不幸を物語として楽しんでいると仮定しますが

もし、自身に降り掛かった現実だとしたらどうでしょう?

そうです!もう気付かれた方は理解出来た筈です。



詳しくは述べませんが、フィクションがノンフィクションを侵食している所以です。

真理はマトリックスによって隠され、創作を真実だと知らぬ間に信じ込ませるトリックです。

この世は見える物が全てだと叩き込まれて人生を一生懸命生きていたとしても

幸か不幸か災難は突如として映画の様に訪れるかもしれないのです・・・

人は生を受けると同時にDNAに刻まれた時限装置によって死をも宣告されます。

災難に遭わなければ時限装置による加齢によって衰弱してやがて死を迎えますが、

これが自然の摂理であり真理である事は皆理解出来ると思います。

一般的には「死んだら一貫の終わりだから人生を好きに楽しもう!」とか

「一度しか無い人生だから悔いが無いようにしたい!」とかね・・・

これって何処から来るんだろう?と思うくらいに不自然だと思いませんか?

しかしながら、一方では宗教観からすると「魂の輪廻転生」という考え方も存在しますね。

現実は真理に沿って事象として目の前に現れているのだとしたら

昨今の現実はいかがでしょうか・・・?

死に対する恐怖や想念、恨み辛み悲しみや怨念・・・

現実に生きていたとしても差別や格差、嫉みなどを感じ、

それをバネに頑張って裕福になったとしても一方では不幸を生み出している現実・・・

ハッキリ言ってネガティブスパイラルに陥っているとしか言い様がありません。

だからいつまで経っても戦争や争いが無くならないのです・・・



結論は人心はコントロールされ真理から遠ざけられているからです。

では何故なのか?計画や目的も真の摂理として存在するのでしょうが、

人がもしその真理に近づいた時、欲望に勝てずに利益に預かろうとします。

真理を利用して他を支配しようという欲望はどこから生まれるのか?

それは負の想念で、悪意といった方がわかり易いかもしれません。

我々は知らぬ間に利用され巻き込まれているだけなのです。



何故そこまでメディアを支配し人心を洗脳せねばならないのか?

何故そこまで不安を煽り、世の中を混沌とさせるのか?

では自称支配者は何を恐れているのか?

怖いのはエイリアンでも怪獣でも最新兵器でもありません。



そうです!もうわかりましたね。

我々一人ひとりが怖いのだと思います。



詳しくはそれは人の想念という能力です。精神性であり魂であると思います。

現実世界を現出させているのは我々一人ひとりの想念に他ならないからです。

負の想念を育て上げる事で悪を創造しマトリックスによって他を支配している・・・

元を正せばそんなものは何処にも無かったということが真実なのです。

しかしながら悪を創造してしまったのは我々人の想念なのも真実です・・・



偽イベントはもう直ぐ幕を開けようとしています。

何を感じどう行動するかは我々自身に委ねられていると言って間違いないと思います。

天使になるか悪魔になるかはあなた次第です。

それによってきっと未来が決まるのだと思います。



さあ、これを読んでどう理解するかは自身に問うてみてください!


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。

静観の継続になります。

瞑想の度に「静観」が脳裏に浮かんで沈黙を促がされます。

ネット上では様々に「危機」を感じたり、悪戯に危機感を煽るような情報が相変わらず

流布されていますが、これも「心の有様」のテーマで書いた自身の心境の現われであり

自らの鏡に映るものを「何であるか?」の自覚を促がされている証拠なのではないでしょうか?

最近は古のものの蘇りを感じているのですが、

危機感を煽る「カオスの演出」に同調しているかのようで・・・

それに乗せられてしまうと精神の疲弊は愚か、己の心柱までブレそうで

エネルギーの無駄使いよりも充填に努めて、違った感覚を見出そうと努力しています。

引き続き「静観」を貫き、更新はスローペースになりますが、

何か感じるものや伝えたい事が浮かんだらまた戻って参ります。

それまで、静かに見守ってやってください。


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。

プロフィール

Toshi

Author:Toshi
いつからか世俗の矛盾や不思議を感じながら生きている自分に気付きました。妄想から見えない何かを感じ、カタチとして表現できたら何かが得られると信じる中年オヤジです。

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