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アダムとイヴ

個人的な妄想なのでご留意ください。

開封記事を書くと言いながら結構間が空いてしまいました・・・(笑)

最近はインスピレーションの頻度が多くなり

何かと新たな発見があるので都度忙しくなり結構大変です。


さて、第一弾は『アダムとイヴ』としてみましたがこれも気まぐれです。(笑)

<アダムとイヴ ~wikiより~>

旧約聖書『創世記』での物語は有名なので、ご存知の方も多いと思います。

人類最古の文明を生み出したと言われているシュメール人が書き残した

天地創造の物語がヘブライ語に翻訳されたのが濃厚みたいです。



「命の木」と「知識の木」があり、主から「知識の木」の実だけは

食べてはならないと言われた。




してはならないと言われるとついしてしまうのが人間の性なのでしょうか・・・

「知識の木」とは「知識」であり、固定概念や常識などの情報の類ではないかと思います。

つまりは、我々も生まれた時には世の中があり、

既に様々な常識やルールで成り立っていたのと同様です。

知識を得てやがて経験則から人間形成が行われるのと同様であり、

「その始祖らしき存在が『アダム』なんだよ。」という事なのでしょう。



イヴが蛇にそそのかされて最初に「知識の木の実」を食べてしまい、

アダムにも勧めて共に食べてしまった。




この物語はキリスト教の立場からの話で、

女性に対して贖罪を求める男尊女卑の根源になっているとも言われます。

他方、イスラム教では全くの逆であり、アダム自身が精霊に惑わされて

妻と共に「知識の木の実」を食べてしまったとなっています。

ノートルダムのアダムとイヴ

上半身は女性で下半身が蛇・・・

「伏羲と女媧」を想起させますが、人魚の方が表現的には近いかもしれません。

人魚といえば・・・原型といわれるギリシャ神話に登場する二つの尾を持つ人魚「セイレーン」ですね。

パズドラのキャラにもありますし、スタバの社ロゴとしても現代に馴染んでいるとも言えます。

そんな半身半魚の「セイレーン」も中世以前は半身半鳥だったそうです・・・

伏羲と女媧     ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる人魚

セイレーン(半身半魚)

セイレーン(半身半鳥)

キリスト教でこの蛇は人心を惑わせるサタン(魔女)と言われるそうですが、

グノーシス主義では智慧を与える精霊と言われています。


どうやら、この物語も様々な観点によって陰陽の立場が逆転しているようです。

どう考えてもそのまま受け入れては混乱の元になるのは目に見えますよね。

私が得られたインスピレーションでは常に暗喩をどう解釈するかが肝要な様で

以下に纏めて行きたいと思います。


☆アダム(最初に生まれた人)= 兄(最初の存在)

最初の集団でも構わないのですが、アダムメーソンと言われる古代メーソンの原型と

捕らえて良いのかもしれません。


☆イヴ(アダムから生まれた人)= 妻であり妹(後発の存在)

イヴが女性として表現されているのは

アダムメーソンの中から大地母神か女神信仰する集団が形成されたのではないか?

後から別れた意味が込められている気がするのです。

一説によると、謎のミタンニ王国で信仰されていた女神の名だとするものや

エジプト王朝では現に王妃をミタンニ王国から娶っていた時代があった事や

ミタンニでは「妻」の事を対外的に「妹」とも言ったそうです。

ファラオ-アメンホテップ四世が遺したとされる「アマルナ文書」にも

イヴの記述が残っているそうです。

既稿の「マルタ」関連の記事の中でもフェニキアの大地母神信仰を扱いましたが

地中海沿岸の文明の痕跡からも様々な影響が残されているので興味深いです。


兄と弟や妹、姉と弟など様々な観点からこれらの比喩が残されています。

例:エンキとエンリル、エサウとヤコブ、アマテラスとスサノオetc・・・

沢山あると思います。

興味があったら是非探求してみてください。

そこに真理が存在するのならば、必ず原始の物に集約されて行くと思います。




最後に、精霊について考察を

精霊と聞くと、私は「御父-御子-聖霊」を想起してしまうのですが、

絶対三神と言われるこれらの存在は「生命の樹」で言うところの

「均衡の柱-慈悲の柱-峻厳の柱」となります。

精霊は厳密には聖霊にはならないのかもしれませんが、

媒体であることに変わり無く、「峻厳の柱」の存在として

人に知識を与えた存在であることは間違い無いと思います。

知識とは肉体であり、肉体に霊を授けることで「人間」になったのだと思います。

霊とは肉体の脳を通じて考え行動し、

実践から得られる経験則が「知識」なのだと考えます。

更なる欲求を求めた結末が文明であり我々が享受している世界です。

『峻厳』とは「いかめしく きびしい」様を現している。

仏教で言うところの「明王」がそれに当たると思うのですが、

明王像の厳しい形相はまるで叱りを受けているかの様でもあります。


命の木(生命の樹)を霊性(精神)の向上によって上昇しなければならないのに

知識の木(死の樹)を選んで肉体と共に生まれ時間の制約の中で

肉体の実(現象という知識)が全てだと勘違いさせられて

霊性まで堕落して朽ち果てない様に明王は戒めを現しているのかもしれませんね。


知識とは様々な情報から得られた結果であり、経験則の蓄積だと思います。

肉体の実も自然現象の結果と同様に既に存在するから常識であるには違いないのですが、

そこに存在するから果たしてそれが全てなのでしょうか?

間違った情報が常識になり、知識を得てそれが原動力になっていたとしたら・・・

それは多分勘違いであり、思い込みであり、

知っているつもりで生きている存在に過ぎません。

それが娯楽であり、経済主義の原動力となっている方が判り易い真理だと思います。


つまり肉体の実(知識)を選んでしまった存在だから「人間」なのです。

人として真理を生きずにつもりで生きるが故に曖昧な存在「人間」・・・

精霊(天使)からはいつもそんな感覚を受けてしまいます。


キリスト教界では「三位一体」と良く言われますが、これは神(キリスト)を現す?

といつも不思議に思っていたのですが、

これは三つの要素の収斂が一体になって、

結果「物質や人」が生まれる現象を表現したのではないか?

そんな風に考えていました。

※「三位一体」はアブラハム宗教である三大宗教に表れている、
「唯一神」思想の影響と同義なのではないかと思われます。


神を現すならそれぞれが独立した柱であり「三位三体」が真理だと思います。

「御父-御子-聖霊」や「均衡の柱-慈悲の柱-峻厳の柱」など

それぞれが独立した役割を持つのであり一体化は有り得ないと思います。

「三位三体」だから「絶対三神」なのです。

この御業が集約されて物質が生まれる真理を説いている。

精霊は肉体に霊が宿る媒体であり、特異な霊を導き、上昇させ下降もさせる。

それらが「アダムとイヴ」の物語の中に本来は表現されていたのであり、

シュメール人が遺した意思が正しく伝えられる事無く

後に宗教等によって、観点や視点を変えられたり利用され伝えられてきたのだと思います。

他に有名どころでは「輪廻転生」もそうです。

これは何れ機会があったら記事にしたいと思います。



<オマケ>




下が古字の「れい」ですが、とても意味深に感じませんか?

「雨」は「天」と取れそうですし、その下の「口」が三つは「絶対三神」や「造化三神」、

そして一番下が巫女の「巫」(かんなぎ)です。

巫は女性を媒体として霊を宿り、人間が生まれる様を現していて

巫女は「巫(精霊)」が関ったアダムとイヴの「イヴ」を具現したもの

巫女やシャーマン信仰はもしかすると、

後のアダムやイヴに関った女系精霊(巫=大地母神)の

恩に報いて始まった信仰なのかもしれませんね。

そう言えば、我が国の最高神も女系でした。

巫女は確かに産霊の媒体ですが、天の岩戸に隠れたアマテラスの物語は

記事にした男尊女卑物語に一度は隠れた暗喩があるように感じました。


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。
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Author:Toshi
いつからか世俗の矛盾や不思議を感じながら生きている自分に気付きました。妄想から見えない何かを感じ、カタチとして表現できたら何かが得られると信じる中年オヤジです。

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