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マルタ

いよいよマルタに迫ってみたいと思います。
基本的な情報含め長くなると思いますが、どうかお付き合いください。(青字は主にwikiより抜粋です。)

マルタ共和国

マルタ共和国 
通称マルタは、南ヨーロッパの共和制国家である。首都はバレッタ。
地中海に浮かぶ島国であり、いわゆるミニ国家のひとつ。
主要な島はマルタ島とゴゾ島、コミノ島の三つである。
人口409,000人(2008年)宗教はローマ・カトリックが98%である。

公用語:マルタ語、英語
       ヨーロッパ圏唯一のアフロ・アジア語族-セム語派の言語である。

概要:イタリア半島に隣接したシチリア島の南に位置している。
    イギリス連邦と欧州連合に加盟している。
    カルタゴ、共和政ローマ時代に既に地中海貿易で繁栄し、
    その後一時イスラム帝国の支配に入ったこともある。
    それに抵抗して戦ったマルタ騎士団がこの土地の名前を有名にした。
    小型犬のマルチーズの発祥の地であり、マルチーズの名はマルタに由来する。


マルチーズ犬がマルタ発祥だったなんて驚きでした!
実は幼少の頃、良き友として20年以上一緒に愛犬と過ごしたんです。
私の青春の一部と言っても過言ではないです。
最期は老衰だったのですが、私が実家に帰るまで待ってくれていて
その日は具合が悪くずっと寝ていたにも関わらず玄関まで迎えに来てくれました・・・
そして翌未明に旅立って行ったんですよ。
今では良き思い出です。導きがあるのかもしれませんね。

<世界遺産>
●ハル・サフリエニの地下墳墓 -(1980年、文化遺産)
●バレッタ市街 -(1980年、文化遺産)
マルタの巨石神殿群 -(1980年、文化遺産)
        マルタの巨石神殿群はマルタ島内、ゴゾ島内で20世紀までに約30の巨石神殿が確認され、
          そのうち6神殿が世界遺産として登録された巨石建築物である。
          建造は紀元前4500年から前2000年頃とされている。

<国際関係>
●冷戦終結の舞台
マルタ共和国は東西冷戦の終結を告げる歴史的なマルタ会談の舞台としても知られる。
1989年12月3日、当時のミハイル・ゴルバチョフソ連最高会議幹部会議長兼ソ連共産党書記長と
ジョージ・H・W・ブッシュ米国大統領がマルタで会談し、戦後44年間続いた冷戦の幕引きを世界にアピール、
欧州新秩序づくりへ向けての一致協力をうたった。
東西冷戦が1945年のヤルタ会談から事実上始まり、マルタ会談で終結したことから、
マルタ会談については『ヤルタからマルタへ』 というキャッチフレーズで語られることも多い。

●日本との関係
・1862年、1858年に英仏など5カ国と個別に締結された修好通商条約の修正を
 求めて派遣された文久遣欧使節団が訪問している。

・第一次大戦中の1917年3月、日本は1902年に締結した日英同盟に基づき、
 ドイツの潜水艦Uボートの無差別攻撃から連合国(26ヵ国)の輸送船を護衛するために、
 旗艦である巡洋艦「明石」と駆逐艦8隻からなる第二特務艦隊を地中海に派遣した。
 1917年6月11日に大破した駆逐艦榊の59人の戦死や傷病による戦死者の
「大日本帝国第二特務艦隊戦死者之墓」がある。

・1921年4月、皇太子時代の昭和天皇が訪問している。
 英国、フランス、イタリアなど欧州歴訪の第一歩を英領だったマルタから開始された。
 このとき、第一次大戦で大活躍した日本海軍への感謝の意味もあり
 「バレッタには日章旗と皇室の象徴である菊の御紋があふれた」



率直なマルタの感想ですが、領土の大小や知名度では決して計れない
世界情勢との関わりがあると感じました。

「ヨーロッパ圏唯一のアフロ・アジア語族-セム語派の言語である。」と言うところも
中東情勢であるイスラエル対アラブ諸国を暗示している様で何かありそうですね。
これにリンクすると思われる東西冷戦が「マルタ会談」によって事実上終結した訳ですが、
単なる場を提供したに過ぎないという問題だけでは片付けられないような気がします。


次に、世界遺産であるマルタの巨石神殿群があるとの事ですが、知りませんでした。
「建造は紀元前4500年から前2000年頃とされている。」とありますが
これは有史最古と言われる都市文明の開始期シュメール文明と同年代か更に古いという事になります。
年代比定は難しいですが、マルタには歴史が有り何か役割を担うべき存在であろう事を感じさせます。
malta_02.jpg
(写真左:マルタ島紀行~)(写真右:出所不明リンク切れ)

現存する最古と言われる神殿群で「ハガール・キム」神殿内部の穴の開いた石で夏冬至の太陽の位置を見たり
「大地母神信仰」信仰を表す豊満な女性像の出土などあるようです。
画像の「眠れる巫女像」は実際に眠りながら巫女が神の言葉を告げていたと伝承があるようで興味深いですね。
神殿構造が女性器を表し男根像も存在するようですから出雲系?の神社にも確か同様な風習ありますね。
もしシャーマン系文化を担っていたとすると処々の古の共通項を感じさせ何だか納得出来てしまいますね。


そして、我が日本との関わりですがこれも知りませんでした。
当時は「旧日本海軍基地」まであって勇敢に戦っていたなんてやはり縁があるのでしょうか?
最近のアデン湾での世界的な軍事行動やジブチの戦後初海外自衛隊基問題とリンクしてるよな・・・
などと、私の妄想をかき立てます。
昭和天皇が英国、フランス、イタリアなど欧州歴訪の第一歩を英領だったマルタから開始された。
これも通常儀礼であれば英本国からなのでは?と思うのですが、マルタから開始されたとすると
やはり何か古からの繋がりを感じさせる第一歩ではなかったか?と想像させるものですね。

旗艦の「明石」ですが、1884年の万国子午線会議にてイギリスのグリニッジ天文台が基点に決まった
東経135°の経度が日本標準時子午線の「明石」にあることでイギリス-マルタ-日本の三つ巴を感じさせ
単なる偶然なのかな?などど勝手にリンクさせて妄想してしまいました。(笑)

太古の文化や共通の可能性もそうですが、現在に至るまでの関わり合いを考えると偶然とは言えない気がします。
我々が得ている情報や知識から察するだけでも繋がりを感じる事が出来る訳ですから
根底に流れる事実や変遷について、当時の覇者イギリスの意向が働いていたとしても不思議ではないと思います。
「宗教はローマ・カトリックが98%である。」との事なので、懐疑的では無いにしろ
おおよその正確な情報はバチカンに所蔵されているかもしれませんね。


さて、最後にマルタ騎士団と行きたいところなのですが
記事面が長くなってしまうので恐縮ですが一旦切らせてください。
意外なところでもマルタ騎士団は出てきますし、かなり奥が深そうなので次回を考慮して
新たにテーマとして掘り下げたいと思います。

読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や要望などもコメント頂けると幸いです。
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Author:Toshi
いつからか世俗の矛盾や不思議を感じながら生きている自分に気付きました。妄想から見えない何かを感じ、カタチとして表現できたら何かが得られると信じる中年オヤジです。

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