スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【マルタ騎士団】~最終回~

マルタ騎士団の続々編になります。

前回の宿題から入りたいと思います。


※サン=ジャン=ド=モーリエンヌ
 フランス、ローヌ=アルプ地域圏、サヴォワ(サヴォイア)県のコミューン。
 6世紀以降モーリエンヌ谷の中心地であった。聖テクルがアレクサンドリアから、
 洗礼者ヨハネのものとされる聖遺物(3本の指)をもたらした(現在、コミューンの紋章にも描かれている)
 同様に、刃物メーカーオピネル社のロゴも、この3本の指を表している。
 町はクロヴィス1世の息子グントラムによって、司教座の町の列に加えられた。
 753年、カール・マルテル(カロリング家)の子グリフォンが、異母兄ピピン3世最大の敵である
 ロンゴバルド族の王アイストルフと合流するためイタリアを訪れようとしたが、
 ピピンの手の者によってサン=ジャン=ド=モーリエンヌで殺害された。

オピネル社のナイフ
「フランソワ・モレルのコレクション」より画像拝借

サン・ジャン(Saint-Jean)=フランス語の人名および地名。キリスト教の聖人ヨハネ、
 洗礼者ヨハネ、福音記者ヨハネなどに関連する。英語ではセントジョン、ドイツ語ではザンクト・ヨハン、
 イタリア語ではサン・ジョヴァンニ、スペイン語ではサンフアン。

テンプル騎士団~グノーシス~ヨハネ信仰


そして、↑ナイフ画像で妄想で繋がったのが有名な「岩窟の聖母」画の描写で2作品あります。

岩窟の聖母 ルーヴル美術館   岩窟の聖母 ロンドン・ナショナルギャラリー←クリックで拡大

左がフランス・パリのルーヴル美術館所蔵版で、右がイギリスのロンドン・ナショナルギャラリー所蔵版です。

ルーヴル版はダビンチの真筆とされ、本来ならばミラノのサン・フランチェスコ・グランデ聖堂の礼拝堂を
飾る作品であったが、当時、ダビンチとこの祭壇画の依頼主との間で作品の構成や報酬を巡りトラブルがあり、
ミラノを治めていたフランス王ルイ12世が仲裁をしたことから、レオナルドが献上したとされている。
ナショナルギャラリー版はルーヴル版と構図はほぼ同じであるが、依頼者の望みに則した表現があることから
描いたのは弟子のデ・プレディス兄弟とするのが一般的な説だそうです。

これらの絵に関する解釈は諸説ある様ですが、私なりに妄想したいと思います。

詳細はリンクを参照ください→http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/davinci_rocks_a.html

右のイエスと言われる幼児の指ポーズは祝福の形を表しているらしいのですが、
そのまま受け取れば右の幼児はイエスになるのでしょう。
しかし、大天使ウリエルの指差しは明らかにダビンチが他の絵にも描くメシア「神の小羊」を示すものでは?
と思ってしまいました。となると・・・右の絵では左の幼児にヨハネのシンボル、十字の杖が描かれていますので
矛盾している事になります。私はウリエルはメシア(救世主)を示していると思うのですが・・・
ナイフの形も祝福ポーズですよね・・・う~ん・・・何でヨハネなのだろうか?

これはテンプル騎士団のヨハネ信仰とダビンチに何かの共通性を感じてしまいました。

サン・フランチェスコ・グランデ聖堂はカトリックのフランシスコ会と言いますから
絵の依頼主はダビンチのイエスをメシアとして否定するかのような描写に怒ったのではないか?
だから右の弟子に描かせた絵が影が濃く妙に暗雲を感じさせる表現になったのではないでしょうか?

私は両作品を見比べてこのように感じました。

聖母マリアはイエスの母、大天使ウリエルはヨハネの守護者、なんで幼児が真逆にいる構図なのでしょうか?
考えれば考えるほど奇妙に感じてしまいます・・・

※後に、フランシスコ会とユダヤ教側はある存在で揉める事になったそうです。
 それはエルサレムのフランシスコ修道院にあるダビデの墓らしきものの論争だそうです。
 争点となる謎の証拠文書?「サフユーン修道院文書」が接収を嫌って
 カイロのフランシスコ会系施設に移されたそうです。
 何か重大な秘密でも隠されているのでしょうか?
 その後の情報が得られなかったので不明ですが凄く気になりました。


これらの謎を解く鍵として、ダビンチが死ぬまで手離さなかった作品のひとつがあります。

洗礼者ヨハネ←クリックで拡大

有名な「洗礼者ヨハネ」画ですが、天を指す例のポーズをしています。
中性的な描写も意味深ですが、天を指すポーズ「神の小羊」は天を指しています。

ヨハネは当時の領主ヘロデ・アンティパスの結婚を非難した為、捕らえられて斬首処刑されたそうです。
その後、領主ヘロデはイエスの活動の噂を聞いて、家来に言った「あれはバプテスマのヨハネだ。
死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」と言ったそうです。
事実、ユダヤ教はヨハネを預言者と認めています。
確かに原始キリスト教とも言える、洗礼の活動は先駆者として称えられるべきだとは思います。

しかし・・・果たしてこれらは何を意味しているのでしょうか?

テンプル騎士団やグノーシス派~ダビンチ達にとって洗礼者ヨハネとはどんな存在だったのか・・・

私はどうしても自ら聖人と崇める主を何で磔刑の十字架で表さなければならないのか理解できない・・・
何故なら、生贄を捧げるあの宗教とまるで同じでだからです・・・
これが私の妄想の大よその答えとなってしまいました。



マルタ騎士団のテーマを記事にするにあたって、様々な書籍や情報を見聞きしましたが
善悪混同でとても良心の加担から派生する胎動とは思えない歴史性を感じました。
もちろん、善意創作、悪意改竄はあるでしょうが、常軌を逸していると言えます。

あえて詳しくは言及を避けますが、聖書の創世記に始まる苦難がそのまま人類に当てられている事実。

十字軍の活躍時期、特にテンプル騎士団に始まる活動時期とある宗派の地下活動が一致します。
つまり、純粋な真理を求める大義を信じてカトリック世界に身を投じたマラノの物語です。
彼らは裏切りによって捨て駒にされる運命になってしまいました・・・
しかし、彼らの様な純真な志しを継承した霊性の系譜は保たれていると信じたいです。

困難な預言は誰の為に煩わされ、成就していっているのか今一度考え直さないとなりません。

最後に、マルタ島はフェニキア文化が栄えた当時は中心地だったそうです。
宗教的生贄の儀式は当たり前だったそうで、その後、他に征服され同化していきます。
その後はエジプトの影響で太陽信仰に変遷して行ったようです。
マルタには地下トンネルの地底世界の伝承があったそうでそれが生贄信仰の源泉であろう事は情報で得ました。
近代になってから地下トンネル怪事件もあったそうですが、多分この世の常識では当て嵌まらないでしょう。

現在、マルタ騎士団は嘗ての神殿地下活動の中心地ローマにあります。
今昔、目的意識は変わらないのだと言う事だと思います。
彼等が先駆者の純粋な真理を実践する騎士なら預言の成就は防がれるのかもしれません。


読んで頂きありがとうございます。
何か率直なご意見や情報などメールフォームから頂けると幸いです。
関連記事

プロフィール

Toshi

Author:Toshi
いつからか世俗の矛盾や不思議を感じながら生きている自分に気付きました。妄想から見えない何かを感じ、カタチとして表現できたら何かが得られると信じる中年オヤジです。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

カレンダー

06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。